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名古屋地方裁判所 昭和43年(ワ)3199号 判決

主文

被告は、原告に対し、金九六万一〇二〇円およびこれに対する昭和三五年五月八日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、原告において金三五万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

(原告の請求の趣旨)

主文第一、二項同旨の判決並に仮執行の宣言を求める。

(原告の請求の原因)

一、原告は、昭和三五年二月一七日被告から別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を買い受けた。右契約においては、本件土地が二万四四二九・七四平方メートル(七四九〇坪)あるとの被告の説明に基づき、三・三平方メートル当り金一九〇円、合計金一四二万三一〇〇円をもつて代金と定めたのである。

二、原告は、被告に右同日内金二〇万円を支払い、次いで同年五月八日残金一二二万三一〇〇円を支払い、同年五月二一日本件土地につき所有権移転登記を受けた。

三、しかるに、原告において昭和四二年四月一三日本件土地を測量したところ、前記被告の説明と異なり、実際には八〇三九・六六平方メートルしかないことが判明した。

四、よつて、原告は、本件訴状の送達により被告に対し代金減額請求をなし、不足の土地面積に対応する金九六万一〇二〇円およびこれに対する代金支払の日である昭和三五年五月八日以降完済にいたるまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める。

五、なお、原告は、本件土地の数量不足を知つたときより一年内に訴外近藤銀市を相手方として本件訴訟と同一の内容の代金減額訴訟を提起したところ、右事件(名古屋地方裁判所昭和四二年(ワ)第一六八五号)の判決において原告に対し本件土地を売渡したのは右近藤ではなくして被告である旨判断がなされ、原告の右請求は棄却された。原告は、右判決の送達により本件土地の売主が被告であることを始めて覚知した次第であつて、右は被告が税金対策上自己が売主であることを秘匿していたことによるものであり、原告には何ら過失がない。原告は、右訴訟のなお係属中であつた昭和四三年一〇月一七日本件訴訟を提起したものであつて、本件土地の数量不足を知つたときよりは一年を経過しているけれども、売主が被告であることを覚知したときよりは一年を経過してはいない。よつて、民法五六四条の適用については、一年の除斥期間を遵守したものと認むべきである。

六、仮に、代金減額請求にして理由なしとするも、被告は、本件土地を原告に売り渡すに際し、七四九〇坪の面積がないことを熟知しながら、それだけの坪数があるようにいつて原告を誤信させ、右誤信に基いて原告をして前記代金を支払わせ、これによつて、不足坪数に対応する代金額である九六万一〇二〇円を騙取したものである。よつて、原告は、被告に対し右九六万一〇二〇円およびこれに対する不法行為の日である昭和三五年五月八日以降完済にいたるまで民法所定年五分の割合による損害金の支払を求める。

(被告の答弁および主張)

一、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求める。

二、原告主張の請求原因事実中、被告が、昭和三五年二月一七日、原告に対し本件土地を売り渡したこと、その際一坪当り代金が一九〇円と定められたこと、右同日被告が原告から内金二〇万円の支払を受け、ついで、同年五月八日残金(その額は争う。)の支払を受け、同月二一日所有権移転登記手続を経由したこと、本件土地の面積が八〇三九・九九平方メートル(二四三二坪一合)であることは認めるが、その余の事実は否認する。

三、被告は、昭和三五年二月一七日本件土地が合計約八〇〇〇坪あるものとして原告に売り渡したのである。被告は、本件土地を訴外近藤銀市から買い受けたのであつたが、右訴外人との間の売買契約においても本件土地の坪数は約八〇〇〇坪あるものとされ、実際坪数は、右訴外人において測量のうえ所轄登記所へ地積更正の申請をなし、登記所の調査確認および更正登記を得て確定されることとなつていたのである。そして、被告の原告に対する売渡坪数も右更正登記の完了により自動的に確定される約であつたものである。そして、昭和三五年五月二一日、本件七五六の二七の山林は二町四反四畝五歩と表題部更正登記がなされ、これより分割された七五六番の三二の山林は二畝五歩と表題部の登記が完了し、ここに原、被告間の売買坪数は、右二筆の合計たる二町四反六畝一〇歩(七三九〇坪)と確定された。そして、同日原告に対する所有権移転登記手続も完了した。

四、その後、昭和三七年一月二九日頃被告は、不動産仲介業者加藤博正の仲介により、原告から本件土地を買い受け、一坪当り代金二五〇円とし、同日手附金三〇万円を原告に支払つた。被告は、本件土地を分割して転売する目的で買い受けたものであり、二、三日後に分筆のための測量と分筆登記申請用図面の作成を測量士に依頼した。右売買契約においては、当初同年二月一五日をもつて履行期とする旨約定されていたが、右測量が思うように進捗しないので、被告は原告に対し再三履行期の延期を申し入れその承諾を得ていた。その間に、右測量の結果、本件土地の坪数が登記簿面上表示より大巾に少いことが判明し、境界線が必ずしも明瞭でないところから正確な判断はできないが、およそ二五〇〇坪から三四〇〇坪しかないとの報告が被告にもたらされた。被告は、そのときまで全く坪数不足のことを知らなかつたので、驚いたが、かくては分筆登記申請書に添付すべき土地図面が作成できないので分筆登記は不能であるし、かつ、本件山林は訴外近藤から被告が買い受け、これを被告が原告に売り渡し、さらに原告から被告に売り渡されたものであるから、被告としては、坪数を正しく確認し、正確な坪数に基づき右三契約全部を通じて代金を精算する必要が生じたのである。

五、そこで、被告は、右坪数不足が判明するや、ただちに、加藤博正を介して遅くも昭和三七年四月末日までに、原告に対し、「正確な不足坪数は未だ判明しないが、大巾に坪数が足りないので、過去に遡つて本件山林についてなされた売買関係を正しい坪数に基いて精算する必要がある。この調査、測量および精算のための売買契約の履行期をさらに延期してもらいたい」旨申し入れた。従つて、このときにおいて、原告は本件山林の坪数不足を確知するにいたつたのである。

六、これに対し、原告は、加藤を介し被告に対し、「昭和三七年一月二九日の売買契約は解除する。被告から受領した手付金三〇万円は返還しない。その代り昭和三五年二月一七日の売買契約に関する精算(代金減額)はしなくてよいし、爾今本件山林については坪数不足その他一切異議の申出をしない。」旨回答して来た。原告が、右のように回答した理由は次のとおりであると考えられる。すなわち、本件土地が七三九〇坪であるときは、これを一坪当り一九〇円で買い受けた原告の代金額は一四〇万四一〇〇円であり、一坪当り二五〇円で売り渡したその代金額は一八四万七五〇〇円であつて、その差金は四四万三四〇〇円となる。しかして、右買受につき六万九〇〇〇円、右売渡につき八万四六〇〇円の経費を要するので右合計一五万三六〇〇円を差引くと原告の純益は二八万九八〇〇円ということになる。しかるに、本件土地の実際の坪数である二四三二坪一合を基準として右同様の計算をすれば、原告の買入代金は四六万二〇九九円、売却代金は六〇万八〇二五円、買入時経費は二万六〇〇〇円、売却時経費は三万一〇〇〇円、純利益は八万八九二六円ということになるのである。従つて、原告は、被告の要求した精算を遂げることによりかえつて、損失を受けることとなるので、被告に対し手付金三〇万円の返還を拒否し、三〇万円と八万八九二六円との差額二一万一〇七四円を利得する道を選んだのである。

七、以上のごとき事実上の経過に鑑みれば、原告は、昭和三七年四月末日頃までに被告に対し、手付金三〇万円は返還しない、その代り本件山林について爾今一切の異議をいわぬ、と申入れることにより、代金減額請求権その他一切の請求権をあらかじめ放棄したのである。しからずとするも、原告はその頃本件土地の坪数不足を知り、しかもその後一年内に被告に対し代金減額請求権を行使しなかつたから、除斥期間の経過により原告の右権利は消滅に帰した。また、被告が原告をだました事実のないことは前記の事実上の経過から明白であるから、不法行為は成立しないし、しからずとしても、原告は、これによる損害賠償請求権をあらかじめ放棄したものである。

(被告の主張に対する原告の反駁)

一、被告主張事実中、原告が、昭和三七年一月二九日被告に対し本件土地を売り渡し、手付金として三〇万円を受領したことは認めるが、その余の事実は否認する。

二、被告が、右売買契約の後本件土地を測量した事実は全く存しない。また、本件土地の坪数の不足を理由に右売買契約の履行期の延期を求めて来た事実もない。被告は、代金支払の用意ができないから履行期を延期して欲しい旨二回ほど申し入れて来たものであり、原告はこれを了承して約半年決済を延期した。しかるに、被告は、遂に残代金の支払をしなかつたので、原告は、前記売買契約を解除し、手付金三〇万円を没収した次第である。原告は、昭和三七年にはまだ本件土地の坪数不足を知らず、昭和四二年になつて、測量の結果はじめてこれを知つたのである。

(証拠関係)(省略)

別紙

目録

愛知県西加茂郡藤岡村大字北一色字吉原七五六番の三二

一、山林

登記簿上の面積

二一四・八九平方米(二畝五歩)

同所 七五六番の二七

一、山林

登記簿上の面積

二四、二一四・八九平方米(二町四反四畝五歩)

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